「虹色の空を見たことがありますか」
 胡散臭いスマイルの叩き売りでもしているのか、古泉は頼んでもいない笑顔を振りまきつつ唐突にそんなことを言った。なにを言うんだろうね、コイツは。青空。茜空。灰色の空なんぞは見たことあるが、日本人にとっての虹色は七色であり、それらが一緒くたになったカラフルで不気味な空を俺は見たことがなかった。
「僕は一度だけ見たことがありますよ。とても美しい空でした」
 一仕事終え、古泉の言う「ちょっとしたスペクタクル」のあと灰色の空に変わって表れたのが虹色の空だったらしい。早朝で空気が澄んでいたと古泉は事細かに状況説明をする。虹は大気光学現象とやらに含まれるから、虹色の空だって一定の条件が揃えば見られるものなんだろうが、早朝にしか見られないのなら一生拝めなくても構わない。虹色の空なんかを見るより、健やかな眠りについて不健全な夢を見ている方がしあわせだ。
「そうですか。それは残念です」
 古泉は雲ひとつない空を見上げ、「本当に美しかったんです」と呟いた。
 つられて天を仰ぐ。青一色の空を七色に染めてみる。マーブル状になった空模様は、お世辞にも美しいとは言えない代物になった。古泉の感性は計り知れない。どうすれば美しいなんて思えるんだ。マーブル状が不味いのだろうか。では虹と同じボーダーで想像してみよう。結果は不気味さが排除されたのみ。二頭身のキャラクターが歌って踊るアニメで使われそうなファンシーな空ができあがった。ボーダーの境目をぼかして、もっとグラデーションを滑らかにするべきか。眉間に皺を寄せながら青いキャンバスに虹色を塗りたくる。
「お……」
「どうしました?」
「そんな空だったら飛んでみたいかもな」
 幼い頃、赤いところから下を見たら、世界は赤く見えると思っていた。虹色の空を飛んだら、やはり世界は虹色に見えるんだろうか。
「飛んでみますか」
「……はあ?」
「僕の能力であなたを浮かせるんです」
 おまえの能力は閉鎖空間オンリーだろうが。俺は虹色の空が飛びたいのであって灰色の空なんぞに用はない。おまえ一人で空中遊泳を楽しんでくれ。どうしてもと言うなら下から見守ってやってもいい。
「仮定の話ですよ」
 笑顔の安売りをしながら古泉は肩を竦めた。
 いいや、それでも結構。俺は丁重に断った。そんなの、生かすも殺すも古泉次第ってことじゃないか。
「では僕があなたを背負って飛びましょう」
 こいつは正気か? 高校生男子がおんぶに抱っこで空を飛ぶなんて映倫的に却下だ。
「それなら生きるも死ぬも一緒ですよ」
 名案だと言わんばかりに古泉は笑っている。俺は言ってやったね。それは死んでもゴメンだって。