今日は映画館をはしごするわよ! と高らかに宣誓したハルヒは、例によって一番最後に現れた俺をチケット売り場へと送り出し、五人分のチケットを買わせた。どれだけはしごする気か知らんが、まさか全部自腹じゃあるまいな。ファーストフードでの昼飯代とチケット代×5とでは雲泥の差だぞ。SOS団なんていう得体の知れない団体活動に身を費やし、バイトもしていない俺にとっては100円200円の差でも死活問題なのである。月の小遣いなんてたかが知れているしな。財布の中身に戦々恐々としていたのだが、チケットを受け取ったハルヒは団員から徴収していた代金をずいっと突き出し、「あんたが今日奢るのはアレよ」と行列のできている売店の看板メニュー・ポップコーンを指差した。
「私たちは先に中入ってるから。ちゃんと五人分買ってくるのよ。いいわね?」
「へいへい」
「さっ、行くわよ二人とも」
 両脇に朝比奈さんと長門を抱えたハルヒが1番スクリーンへと消えていく。残された俺は大行列にうんざりし、にこやかに笑っているハンサム野郎の爽やかさに苛立った。
「何故おまえがいる」
「お一人で持つのは大変かと思いましたので」
「そうでもないさ。トレーに入ってるんだからな」
「ポップコーンはのども渇きますから、飲み物も買った方がよろしいのでは?」
「俺はおまえと違ってアルバイトもしてないし貧乏なんだよ。破産させる気か」
「僕が奢りますよ。ですが、あなたからということにしておきましょう。涼宮さんも喜びます」
「別におまえからってことでいいだろ。さすが副団長ねって褒めて貰えるぞ」
 古泉は困ったようなはにかんだような複雑な表情で肩を竦めたが、俺たちは結局ポップコーンとコーラを手して1番スクリーンへと侵入した。場内はまだ明るく、スクリーンには上映中の注意事項が流れている。ハルヒたちはベストポジションを陣取っておしゃべりに興じていた。
「ほら、買ってきたぞ」
 戦利品を手渡すとハルヒがコーラに目を留めた。古泉が胡散臭い笑みを浮かべたので、それは古泉の奢りだとすかさず言い添えた。古泉は咎めるような目つきで俺を見たが、すぐにいつもの優等生面で購入理由を説明し、ハルヒを満足させた。
「気が利くわね、古泉くん。さすが副団長だわ」
「お褒めに預かり光栄です」
 古泉が敬礼するのと同時に上映開始のブザーが鳴った。俺と古泉は並んで座ることになったが、なにが悲しくて野郎の隣で恋愛映画を観なきゃならんのだ。

 映画が始まって中盤辺り、俺は猛烈な睡魔に襲われていた。夏休みなのに休みもなく連日外出して走り回っているのだから仕方ない。疲れが溜まって当然だ。俺だけではなかろうと辺りを窺うと、長門は平たい眼差しで流れる映像を追い、ハルヒと朝比奈さんは寄り添って眠っていた。はしごをすると言ったのはどこのどいつだ。やれやれ、一本目からこれでは先が思いやられる。
 古泉はクソ真面目に観ているだろうと思っていたのだが、肩越しから妙にイイ匂いがして俺は硬直した。肩が重い。貧乏神にでも憑かれたか? いやいや、ちょっと待て。この匂いは覚えがある。炎天下で汗だらだらの俺と違って、人間のくせに宇宙人と同じように涼しい顔をしていた男から微かに感じた匂いと似ている。野郎の体臭なんて興味ないっつーのに妙に印象的だったから覚えてしまったのだ。なんせ連日、昼夜問わず会っているのだから、そろそろ笑顔の他にも覚えるものがあるさ。
 肩を動かしてみたが重みは消えない。顔を横にずらすと驚くほど近くに古泉がいた。俺の肩を枕代わりにすやすや眠っている。腕を組んでいるのは謎の転校生を演じながら観ていた名残りだろうか。ご苦労なこった。俺と違ってSOS団なる怪しい団体の活動に貢献し、アルバイトに身を費やし、日々ハルヒのことを考えている古泉の疲れは俺の比ではないのかもしれない。よく眠れない日もあるだろう。朝までバイトが長引いたというセリフを何度か聞いたことがある。俺は苦労人の安眠を奪うほど鬼ではないし、コーラのお返しとして少しだけなら肩を貸してやってもいい。
 それに何故だろう、この懐かしい感じ。肺に浸透してくる古泉の匂い。
 目を閉じる。あんなに眠かったのに今は細胞のひとつひとつが冴え渡っている。
「……起きろよ、古泉」
 古泉にだけ聞こえるよう囁いた。古泉は身じろがない。だけど俺は知っている。こいつが本当は起きていること。俺もそれを知りながら受け入れてしまうってこと。スクリーンに映し出されたヒロインが愛する男に向かって吐きだす言葉も何故だか知っているんだ。
 ヒロインは言う。あなたとのこと忘れないわ、愛してる。