夏休みの間、陣内家で過ごすことになった健二は、すっかり夏希の許婚として馴染み、平穏で涼やかな日々を送っていた。長野は東京と違って蒸し暑くなく過ごしやすい。
 だが、こうして炎天下で長時間作業するのはさすがに辛いものがあった。万理子の頼みで草むしりに励んでいた健二は、じっとり滲んだ額の汗を拭った。そろそろ正午だ。腹の虫が先程からグーグー鳴っている。
 夏希は今頃、子供たちと市民プールで楽しく遊んでいるだろう。健二も誘われたのだが、夏希の水着姿を拝んだ日には鼻血どころの騒ぎではない。
 ずり下がった麦わら帽子のつばを押し上げ、健二は地べたに座り込んだ。もう限界だ。このまま横になりたい。健二はゾンビのように呻いて地面に丸まった。
「……なにしてるの」
「えっ、うわ! 佳主馬くん」
 健二はすらりとした褐色の脚をたどって、自分を見下ろす佳主馬の瞳を捉えた。何故だか水筒を下げた佳主馬の右手には風呂敷が握られている。体を起こした健二がそれに視線を移すと、佳主馬は「あげる」と素っ気なくつぶやいた。突き出された風呂敷をどうしていいかわからず、けれど健二はありがとうと頷いた。
「中身なに?」
「おにぎり」
 包みを開くと、確かにおにぎりが山のように入っていた。
「全部食べきれるかな」
 佳主馬は困ったように笑う健二のとなりに座って「ぼくも食べるし」と言った。
「ここ暑いよ?」
「平気。健二さん、はい」
「え?」
「麦茶」
 水筒に付属した小さなコップを佳主馬から受け取り、健二は麦茶を一気に飲んだ。
「生き返ったあ……」
 こんなにおいしいと思った麦茶は他にない。
 ほっとため息を吐いて、健二は早速おにぎりに手を伸ばした。同時に佳主馬があっと声をあげる。健二は何事かと首を傾げたが、佳主馬の表情とおにぎりの不格好さとを見比べてすぐに合点した。
「これ佳主馬くんが作ったんだね」
「お母さんが手伝えって言うから」
 佳主馬は居心地悪そうに残りのおにぎりへ手を伸ばした。
 中身のないシンプルな塩おにぎり。大きさはバラバラだがどれも美味しい。
「夏希姉ちゃんとプール行ってると思ったのに」
「佳主馬くんこそ」
「ぼくはやることあるし」
「キングは大変だね」
 これまで散々同じようなことを言われてきたけれど、健二が言うと全然嫌味がないから不思議だ。
「まだ草むしりするの?」
「うん。まだ全部終わってないし」
「明日やればいいのに」
「でも、お礼だから。お世話になってる」
 ふにゃっとした健二の笑みを見つめ、佳主馬は健二が予想だにしない言葉を発した。
「ぼくも手伝うよ」
「やることがあるって……」
「大丈夫。自由業だから」
「ええ?」
 ちょっと意味が違うよ佳主馬くん。そう心のなかで返しながらも、健二は佳主馬の申し出をありがたく受け入れることにした。二人でやればあっという間に終わるはずだ。
「あ、最後のひとつ」
 転がるおにぎりを指して健二がつぶやいた。
「それ健二さんのだから」
「そうなの?」
「うん」
 確かに健二は食べ盛りである、が。
「はんぶんこしよう」
「は? いいよ別に」
「食べないと大きくなれないよ」
「なっ……」
「はい、どうぞ」
 押しつけられたおにぎりを、佳主馬はムッとしながら頬張った。
「健二さんなんかすぐに追い越すんだからね」
「うん、そうだね」
 健二はにこやかに笑う。
 それから健二と佳主馬は、小さなコップに注がれた麦茶を代わりばんこに飲んだ。