年末恒例の歌番組を見ながら、佳主馬と佐久間は背中を丸めてみかんを食べていた。
「今年は紅組が勝つな」
「なに言ってるの。白だよ、白」
「はあ? おっまえ紅組にはかわいこちゃんがわんさかいんのよ? おじさんばっかの白組に負けるかっての」
「そんなこと言っちゃう佐久間さんが立派なおじさんだと思うけど」
「あ、ここにキングカズマがいまーすって叫んでもいい?」
「それだけは勘弁してください。ごめんなさい」
 悪びれた様子もなく佳主馬は謝罪の言葉をくちにした。佐久間は眉をつり上げ、「誠意が感じられなーい」とみかんの皮から汁を飛ばす。それが危うく目に入るところだった佳主馬は憤慨して同じことを仕返そうと構えた。十六歳と二十歳のすることではない。だが、顔を突き合わせれば何故だか子供っぽく争ってしまう二人である。
 みかんの皮を標的に向け、指先に力を込めようとした矢先「こら!」と叱咤された。振り返ると、冷やかな笑みを浮かべた健二が二人を見下ろしていた。
「食べもので遊ばないように。……ね?」
「……はい」
 呆れた様子で「子供じゃないんだから」と萎縮する二人を笑い、健二は今しがた作ったばかりの年越しそばをテーブルに並べた。
 そばは聖美が佳主馬に持たせたものだ。貧乏学生には大変有難いことなのだが、お世話になっているからと言われてしまうのはすこし心苦しい。心遣いは佳主馬との交際を認めてくれるだけで十分だ。それでも聖美の気持ちが嬉しくて、健二は面映ゆい思いをしながら年越しそばを作った。
 こたつに潜ってテレビを見る。どうやら今年は白組に軍配が上がったようだ。佳主馬はみかんを頬張って得意げに佐久間を見遣った。
「ほら、ぼくの言った通りじゃない」
「ふっ……歌に勝ち負けはないのだよ、佳主馬くん」
「負けず嫌い」
「おまえにだけは言われたくないっつーの」
 ぎゃあぎゃあ言っている間に除夜の鐘が響き始める。健二はため息を吐きつつ騒がしい二人をなだめた。
「はやく食べないと伸びちゃうよ? いただきます」
 佳主馬も健二に倣い、慌てて手を合わせる。佐久間はマイペースに缶ビールを呷ってから箸を進めた。
「地域によって違うみたいだけどさ、年越しそばって年を越す前に食べないといけないんだと。しかも、残すと翌年の金運が悪くなるらしいぜ」
 佐久間は七味で味を調整しながら、ネットで拾った雑学を披露した。
「おれは年を越しながら食べる派だけどなあ」
 いつも緑のたぬきで済ませてたっけ、とさみしい年末年始を思い出して健二は笑う。
 それから三人はテレビに映し出される各地の寺院の様子を眺め、黙々とそばを食した。そばを啜る音が小気味良い。
「おっ、新年まで一分切った」
 佐久間が目を輝かせた。いつの間にかチャンネルが変わっている。佐久間の仕業だろう。新年までのカウントを刻むのは、鐘の音ではなく今をときめくアイドルの声だ。
「カウントダウンが始まるとドキッとするんだよね」
 ぼそっとした声に、みかんの皮を剥いていた健二の手が止まる。
「佳主馬くんも?」
「えっ、じゃあ健二さんもそうなの?」
「おれは計算しなくちゃ〜って気になる」
 あははと笑って、二人は食い入るように画面を見つめた。
「あらわし降ってこないから! っつーかトラウマ? それトラウマなの!?」
 佐久間の声を無視し、健二は固唾をのんでカウントダウンした。
「3、2、1……」
「あけましておめでとうございまぁあああす! ちょ、おまえらも! あけましておめでとうございますッ」
 佐久間はわざとらしいくらい明るい調子で缶ビールを掲げた。
 カウントダウンに対するドキドキが治まらない健二と佳主馬は、互いに目を合わせて苦笑した。佐久間がいなかったら、あと数分は固まっていたに違いない。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
 二人は声を揃えて深々と頭を下げた。
「なんだかね」
 お見合いのようだとは言わないでおこう。さて、と佐久間はやおら立ち上がった。
「もう帰るわ」
「えっ?」
 また声を揃え、二人は佐久間を見上げた。
「泊まっていけばいいのに」
「サークルの奴らと初詣行こうって約束してるからさ。着替えたいし、酔いを醒ましがてら帰ろうかなって」
「そうなんだ……」
「そんな顔するなって、健二。ヒメ始めは男のロマンじゃん」
「ばっ、馬鹿! そんなこと……」
 健二の顔が一瞬にして赤くなる。
 慌てふためく親友を大笑いする佐久間だったが、大人しい佳主馬を見て「あれ?」と首を傾げた。予想なら健二よりも先に、かつ大げさに反応すると思ったのだが。
 佐久間の視線に気付いた佳主馬が、「ヒメ始めって?」と問い返す。
「えっ、ガチで知らないのかよ。信じらんねえ……」
「知らないものは知らないし。ねえ、健二さん。ヒメ始めって何なの?」
「えっと……」
 説明を求められても困る。健二は目を泳がせて言葉を濁した。いよいよ佐久間の笑いは止まらない。
「教えてやれよ、健二。佳主馬もよろこぶって」
「佐久間うるさい。はやく帰れ」
「おれがいたら始めたくても始められないもんな。あとでどっちが姫か教えてくれよ」
「佐久間ッ」
 怒号から逃れるように、佐久間はダウンジャケットを引っ掴んで玄関へと走った。
「何あれ。意味わかんない」
 眉間にしわを寄せた佳主馬を見つめ、健二は赤面しながら初日の出までどうやって過ごそうか思案していた。カウントダウンは始まったばかりだ。