梅雨冷の昼下がり。シャツに腕を通し、ボタンを留めながら、窓を叩く雨粒を見つめた。
「帰るの嫌だな。このまま泊まっちゃダメ?」
「ダメだよ」
 健二さんは笑った。
「明日は学校なんだから。僕と付き合ってるせいで佳主馬くんが不良になった、なんて言われたら立つ瀬がないよ」
「そうだけど……」
 さみしいよ。わがままをそっと呑み込む。子供っぽいことを言って大人の彼を困らせたら駄目だ。嫌われたくない。ぼくは冗談めかした笑みを浮かべ、明るい口調で「ごめんなさい」とくちにした。
「ちゃんと帰るから心配しないで」
 着替えを終えて立ち上がり、「じゃあ行くね」とキスした。健二さんは「もう?」と驚きの声をあげる。
「うん。雨ひどくなりそうだから」
「あ……ま、待って」
 ベッドから下りて、健二さんは脱ぎ散らかした洋服を手にした。
「送ってくよ」
「別にいいよ。雨降ってるし」
「いいから」
 手早く着替えを済ませ、健二さんはぼくの背中を押した。
 ビニール傘を手にして玄関を出る。外は灰色。透明の雨。傘を差す。ぼくらの距離は遠い。
「健二さん、そっち入ってもいい?」
「いいけど……」
 傘を畳んで健二さんの方にするりと入り込む。健二さんが濡れないよう端っこに立つと、健二さんは「濡れちゃうよ」と笑った。ぼくの方に寄せるので、それじゃあ健二さんが濡れるだろ、と抗議する。
「ぼくが持つよ」
「うーん……佳主馬くんが持つと頭が当たっちゃうかな」
 悔しいけど健二さんより身長が低いのは事実だ。ぼくは何も言い返せなかった。
 駅が近づくにつれ、ぼくらの足取りは重くなって口数も少なくなる。いつもそうだ。別れを惜しみながら、もっと話したいのに話せなくて、さみしい。
 ふと、ぼくは道端の紫陽花に目を留めた。前に見たときは確か、淡い緑色だった。それが青や赤紫に色づいている。健二さんも「きれいだね」と足を止めた。
「ずっと雨ならいいのにな」
 健二さんがつぶやいた。
「どうして?」
「雨の音、好きなんだ。家にひとりきりでも、雨が降ってるとたのしくてさみしくなかったから。……今日も雨でよかった」
 ぼくを見下ろし、健二さんはやわらかい笑みを浮かべた。
「やっぱりさみしいけどね」
 きゅうっと胸のあたりが痛くなる。抱きしめたい。キスしたい。ぼくは健二さんの袖を引っ張って俯いた。
「……やっぱり帰りたくない」
 健二さんは困ったように笑い、ぼくの頭を撫でた。
「すぐ会えるよ。それに夏休みも近いから」
「うん……」
 傘を持つ健二さんの手に触れ、そっとくちびるを重ねる。やさしい雨が、ぼくらに降り注ぐ。