訪問者は突然やって来た。玄関先で所在なさげに立っている妹くらいの男の子は、僕を見るなり安心したように頬をゆるめた。八の字眉毛に、困ったような笑顔。子供独特の細い髪は見覚えのある栗色。いかにも外で遊んでいなさそうな白い肌。いつもより頬っぺたが赤いけれど、それはあまりにも小磯健二そのひとに似ていた。
「……健二さん?」
 思わずこぼれた言葉に、男の子はわっと泣きだして僕に抱きついた。
「えっ、え……なに? なんで泣くの」
「佳主馬くんなら、わかってくれると思って、来たんだ。だから、うれしくて……」
 健二さんは鼻を啜って、止めどなく流れる涙をちいさな手で拭った。鼻の頭が赤くなっている。僕は屈んで、妹に接するときみたいに目線を合わせた。
「大丈夫?」
「うん。こどもだからかな、涙腺が、ゆるんでるみたい」
 子供の姿だけど中身は大人の健二さんなわけで、でも、どう慰めればいいのかわからないので僕は頭を撫でた。健二さんは一瞬むくれた様子を見せたけれど、涙が乾いた頃には「こどもって甘えられて得だね」と笑っていた。

 父さんと母さんは仕事、妹は友達の家へ遊びに行っている。事情を説明したら信じてくれるかもしれないけど、やっぱり信じがたい現象だ。なるべく混乱は避けたい。とりあえずネットで調べられることは調べて、みんなが帰ってくるまえに家を出よう。明日は日曜日だし、友達の家に泊まってくると言えばいい。駅前のビジネスホテルなら安いし、今夜はそこに泊まろう。
「このままだったらどうしよう」
 不安げなつぶやきにキーボードを叩いている指を止め、膝を抱えている健二さんを見つめた。丸まった背中が本当にちいさくて心細そうだ。
「ちょっと休憩しようか」
 健二さんはこくんと頷いて眠たげに目を擦った。電車に乗ってここまで来るのは子供には重労働だ。疲れて当然だろう。
「一眠りする? 三時間くらいなら眠れるよ」
「だい、じょぶ」
「うそ。ちゃんと言えてないよ」
 思わず笑ってしまう。僕は首を傾げ、健二さんの顔を覗き込んだ。
「だっこしてあげようか」
「いっ、いいよ、そんなことしなくても」
「なんで照れるの? 妹で慣れてるし、寝かしつけるの上手いと思うけどな」
「遠慮しておきます」
 健二さんは顔を真っ赤にしながら僕の胸を押した。ちいさいのに意外と力がある。ささやかな抵抗を受け流し、僕はひょいっと健二さんを抱き竦めた。両腕にすっぽり収まった体からは、微かに汗のにおいと石鹸のにおい、それから日なたのあたたかさを感じた。
「本当に健二さんなんだね」
 やわらかな髪に頬をすり寄せ、幼い体をぎゅっと抱きしめた。
「佳主馬くん、苦しいよ」
「あ、ごめん。いつもの調子でつい……」
 体を離して健二さんを見下ろすと、まるい目がとろんとしていた。眠くて駄々をこねているときの妹と同じ目だ。僕は黙ってやんわり背中を叩いた。やがて聞こえてきた規則正しい寝息に耳をすませ、天井を見上げる。
「このままだったらどうしよう、健二さん」
 僕は思いきり、あなたを抱きしめたいのに。