親友の顔に見覚えのないアイテムがあった。
「なんだよ健二、いつからメガネ男子になったわけ?」
「ちょっとね」
 佐久間は首を傾げ、はにかんだ笑みを浮かべる健二をまじまじと見た。黒に近い、濃紺のスクエアフレーム。身だしなみに頓着しない健二が選んだわりにはセンスが良いように感じるが、果たして親友はメガネを必要とするほど目が悪かっただろうか。伊達だったらヘッドロックを決めてやる。目が良いにも関わらず伊達メガネを掛ける連中の気が知れない。彼らは雨水がつく煩わしさや、ラーメンを食べるときにレンズが曇ってしまう悲しさ、メガネを掛けているだけでメガネくんやら博士とあだ名がつけられる悔しさを理解しているのだろうか。
「佳主馬くんに言われたんだ。目が悪くなってるからメガネ掛けた方がいいよって」
「じゃあ伊達じゃないのか、それ」
「違うよ。あーあ、なんか変なの。まだ慣れてないから疲れるな」
「おまえ目ェ悪かったの? 全然気づかなかったわ」
「俺だって気づいてなかったよ。佳主馬くんってすごいよね。俺以上に俺のこと知ってるっていうか」
「はいはい、ごちそうさま」
 佐久間はだらしない笑みを浮かべる健二を横目にずり落ちたメガネの位置を直した。遠くが、すこし見えにくい。黒板の文字もぶれて見える。つまり度が合ってないのだ。丁度バイト代も入ったことだし新しいのを買ってしまおうか。佐久間はジーンズのポケットに手を突っ込んで、ぼんやりかすむ空を見上げた。

 キングカズマがスポンサーと直接会って打ち合わせをするようになったのは最近のことだ。正確に言えば小磯健二に恋してから、である。上京する理由を欲していた佳主馬は、俄然やる気を出してスポンサーと密にコンタクトを取るようになった。親も納得するだろうし、鈍感な健二は「また佳主馬くん来てくれたんだ」とのんきに笑っていた。まったくイイ作戦だったと佐久間は思う。健気に通い続ける佳主馬にほだされ、健二は「おにいさん」から「恋人」になってしまったのだ。
「そりゃねーよなあ……」
「なに言ってるの佐久間さん」
 アンダーリムのメガネを弄っていた佳主馬は、怪訝そうに佐久間を見上げた。
 佐久間は言葉に詰まって頭を掻いた。ひさしぶりの再会に浮かれ、気がゆるんでいたか。健二もいるのに能天気なこった。佐久間は自嘲的な笑みを浮かべ、なんでもないと首を振った。
「それいいじゃん。貸して」
 佳主馬からメガネを受け取り、試着してみる。佐久間は鏡を覗きこんでから、どう? と佳主馬に訊いた。
「似合うよ。佐久間さんならどれでも似合うと思うけど。メガネ顔ってやつ?」
「まあメガネが体の一部になるほど掛けてるからなあ」
 佐久間は試着したメガネを戻し、スクエア系のコーナーに移動した。健二は自由行動をした結果、新作コーナーで店員に捕まり、買うつもりのないメガネの説明を延々と聞かされている。
「ぼくが選んでいいの? 好きな形とかあるんでしょう?」
「あるけど、たまには違うタイプがいいと思ってさ。自分で選ぶと同じようなのばっかになるから佳主馬に頼んだわけ。健二はアテになんねーし」
 佳主馬は手にしたメガネと佐久間を見比べ、首を傾げ、また次のメガネを選ぶ、という行為を幾度となく繰り返していた。真剣に佐久間のメガネを選んでいる。
 その横顔を見つめ、佐久間は口元をゆるませた。好きなひとが自分のことを一生懸命考えてくれる歓びは例えようがない。片思いの苦しみと、親友の恋人を好きになってしまった自分の愚かしさを一瞬でも忘れさせてくれる。
「あ、これ掛けてみてよ」
 差し出されたメガネは、下部にふちがないナイロンフレームというものだ。定番だが、色が赤みのある茶色でなかなか洒落ている。
 鏡を覗きこんで試着すると、感想を求めるよりはやく佳主馬が「それにしなよ」と声をあげた。
「それが佐久間さんに一番似合ってる」
 佐久間の答えは言うまでもない。新しいメガネは、もちろんナイロンフレームのスクエアタイプだ。