人間は万年発情期というけれど、本当は夏なのではないかと健二は思う。じっとり汗ばんだ体は気持ち悪いのに、なんだか妙に人肌が恋しくなって、苦手な汗のにおいにも興奮してしまう。夏は薄着だし、肌の露出は多いし、セックスしろと言わんばかりじゃないか。暑くて、そんな馬鹿なことまで考えてしまう。
 寝返りを打って健二は冷たい床にぴたりと頬を寄せた。納戸の中はきもちいい。小窓から吹きこんでくる風は涼やかで、やんわり健二の体を撫でていく。
 うつらうつらしていると背後から光が射しこんだ。戸を閉める音がして、納戸に明るい闇が戻る。健二は規則正しい呼吸を続け、寝たふりをした。軽い足音が近づいてくる。佳主馬だ。
「ごめんね、健二さん。跨ぐよ」
 小声で断られたが、答えてしまっては寝たふりにならない。健二は寝息をたてながら空気が動くのを感じていた。
 現れた細い足首を見つめ、健二はつと窪みを撫でた。頭上で小さな悲鳴が聞こえる。腕を伸ばしてふくらはぎに触れると、イタズラを咎める母親みたいな声が降ってきた。
「危ないなあ。転んだらどうするの」
「ごめんなさい」
 へらっと笑い、健二は佳主馬の足に絡みついた。反省の色なしだ。
「ちょっと健二さん」
「佳主馬くん、したい。しよう?」
 上目遣いでおねだりするも佳主馬は呆れ顔だ。
「健二さん、正気?」
 佳主馬の反応は当然だ。ここは陣内家の納戸、まだ真っ昼間でみんな起きている。いつ子供たちが襲来するかわからないし、いつ誰が来てもおかしくない。そのことは健二だって重々承知している。だが佳主馬と会えたのは数ヶ月振りだし、上田にいる間は二人きりになる機会が少ない。これっぽっちも触れあえないまま、ひとつ屋根の下で過ごすなんて生殺しだ。
「夏はモラルも低下するんだよ」
「何それ」
「あついよ、佳主馬くん」
「引っ付かなきゃいいだろ」
「やだ」
 健二は頑として離れない。
「もう限界なんだ。数学のプリントは全部やっちゃったし、気を紛らわすこともできないんだよ。ってゆーか難しい問題は興奮して大変なんだ。悪循環だよ」
「そんなこと言われても」
「ねえ、ちょっとだけ」
 ふくらはぎの裏を撫で、強ばる足首にくちづける。このまま印が残るのではないかと思うほど吸われ、ついに佳主馬は年上の恋人のわがままを聞き入れることにした。
 崩れ落ちるように膝をついて、寝ころぶ健二の額にキスを落とす。健二は嬉しそうに目を細め、両手で佳主馬を抱き寄せた。じゃれ合うように重なって、キスして、体温を確かめる。胸元に鼻を擦り寄せると佳主馬は僅かに抵抗した。
「やっぱり止めない?ぼく汗臭いし」
「僕もだよ」
「でも、その……」
「ん?」
「汗とか苦手じゃなかったっけ」
 確かに体液の類は得意じゃない。けれど健二は笑って、くっきり浮かんだ佳主馬の鎖骨に舌を這わせた。
「しょっぱい」
 ぺろっと舌を出すと、佳主馬は照れ隠しなのか強引にくちびるを押しつけて健二のくちを塞いだ。絡みあう唾液に呼吸も乱れる。健二は体勢を入れ替え、佳主馬を組み敷いた。鼓動が早鐘を打つ。あつい。頭がぼんやりする。ふわふわして、なにも考えられない。したい。したい。
「したいよ、かずまくん」
「…………ッ」
 舌っ足らずなおねだりに佳主馬は震えた。くすぐったくて、どうしようもなく胸が締めつけられる。みんなが寝静まった夜なら、もしかすると流されていたかもしれない。佳主馬は理性を総動員させ、タンクトップをたくし上げようとする健二の手をどうにか振り払った。
「佳主馬くん?」
「ちょっとだけって言っただろ」
「佳主馬くん」
「そんな顔したってダメ」
 瞬間、健二からこぼれた一滴が佳主馬の頬を濡らした。涙かと思いきや鼻血だ。まったく健二らしい。佳主馬は笑いながら健二の鼻をつまんだ。
「鼻血垂らしながらやるつもり?」
「慣れてるから平気だけど……」
 佳主馬はわざとらしく眉をつり上げ、上半身を起こした。健二は退こうとしない。やれやれと肩を竦め、佳主馬は両手で健二の顔を包んだ。やさしく名前を呼ぶと健二の目がキラキラ輝く。期待に満ちた目だ。佳主馬はふっと目を伏せ、健二の鼻先にくちびるを寄せた。
「血だらけのセックスなんて、ぼくは嫌だからね」
「いっ……」
 健二は鼻先を押さえ、涙目で佳主馬を見つめた。
「痛い。なんで噛むの」
 にっこり笑って佳主馬は立ち上がった。
「お仕置きだよ、健二さん」